有馬歯科・矯正歯科は、三名の歯科医師(兄・弟・院長の長男)で協同診療を行い、それぞれの得意分野を担当し、総合歯科医療を実践しております。医院の歴史は古く、初代有馬良三氏が神戸にて大正10年(1921年)開院したのが始まり。
宝塚市では昭和35年(1960年)の開設になり、また矯正歯科の併設は昭和55年(1980年)からで、現院長は宝塚市での矯正歯科医師としては一番最初になります。
兄のDr.有馬良宏は矯正専門医で、日本だけでなく海外での学会でも症例発表を頻繁に行ってきており、臨床実績は豊富で、なおかつ質の高い結果をあげています。
★仕事以外のお話し 生い立ちや趣味
神戸で開業していた初代祖父(良三)と一緒に診療していた二代目の父(良治)は、戦時中の疎開で丹後の大江町へ。京都府福知山市大江町公庄で生を受け、父(良治)の市島町での開業で兵庫県氷上郡春日町に引越しし、春日部小学校に入学。3年生の時に市島町に引越しと同時に吉見小学校に転校。山東中学校(現市島中学校)から兵庫県立柏原高等学校へ、そして三代目になるべく大阪歯科大学へ。と、子供の頃は丹波の山々、川、緑多き自然に囲まれて育ちました。
大学では勉学とクラブ活動に励み、管弦楽団部に入部し、大阪フィルハーモニーの宇治原明先生に師事しファゴットを担当。関西オーケストラ連盟での楽団の一員としてベートーベン第五交響曲「運命」を演奏し、NHK教育テレビで放映されました。そうそう、仁川にはクラシック音楽を楽しめるいい喫茶店がありますね。コンツェルトやハッセルハウス等々。
もう一つ熱中していたのはサイクリング、自転車旅行である。西は出雲大社まで、四国、近畿はもちろん、北陸、信州と大阪を基点に各地を走破、最後は北海道阿寒湖までの寝袋持参の一人旅。今でも旅行は大好きで、愛車は、学生時代一人旅の10段変速自転車から、家族を乗せて余裕のある快適な走りでの長距離ドライブ旅行に最高の車、BMW7に換わり、でもさすがに北海道へは飛行機ですね。
仁川(阪神競馬場)に住んでることもあって競馬も趣味の一つ、暮れの有馬記念には我がレースのごとき熱が入ります。記憶に残る一番のレースは1992年の日本ダービー、ミホノブルボン優勝、ライスシャワーがなんとか粘って2着のレース、最高に興奮しました。ゴルフも大好き、仕事柄体を動かすことの少ない毎日、私にとって運動不足解消にもってこいのスポーツ、西宮高原ゴルフクラブで、ハンディ15をウロウロしてます。他に月一回必ず行くのはスポーツニッポン CCのMBSゴルフサーキットで、随分と仲間が増えました。それと地元のゴルフ好きの仲間、「仁川グリーンクラブ」のコンペ、もう165回目を迎えております。
有馬歯科は初代良三氏が神戸で開設してから今年で87年目になります。宝塚市では叔父の久男氏が仁川駅東口前の喫茶香月さんの二階に1960年6月に開設。1969年10月に西口前の仁川薬局ビル二階に移転。1972年7月、叔父の後を引き継ぎ、氷上郡市島で開業していた父(良治)を呼び一緒に診療に従事。1995年、阪神淡路大震災で現在地に移転。宝塚市での歴史は55年目を迎えました。今年から長男良幸ドクターが常勤として一緒に手伝ってくれるようになりました。将来四代目になりますね。これは非常に稀なこと、その息子とそして弟(副院長)と、創設100年を目指して、ますます協力して地域医療に精を出して、皆さんから信頼される歯科医院として頑張っていこうと思います。
2008年7月 記
虫歯、入れ歯、歯周病(歯槽膿漏)等の歯科一般、審美歯科、小児の治療、予防処置、ブラッシング指導を中心に行っております。
保険診療を中心に、金属床義歯・陶材や金の冠や詰め物等の自費診療もご希望に応じてご相談の上行います。お気軽にお問い合わせください。
僕は研修医として沖縄県に赴任して以来、様々な壁にぶつかってきました。日々遭遇する治療の事、人間関係等々の経験が自分を成長させてくれました。そしてますます歯科医療を通し人に地域に貢献していきたいと思っています。有馬歯科・矯正歯科では非常勤ですが、お会いしたときはよろしくお願い致します。
<所属>
沖縄県誠愛会わかば歯科医院での様子
Dr.有馬良幸の隣は小佐々望太先生




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